ログアウト

日本キリスト改革派 伊丹教会のトップページへ戻る

お問い合わせ

希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。

ローマの信徒への手紙12章12節

だれでも立ち寄るがよい

日時
2018年08月19日 朝の礼拝
聖書
ヨハネによる福音書6章51~59節
箴言9章1~6節

音声データ

聖書のみことば

わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」これらは、イエスがカファルナウムの会堂で教えていたときに話されたことである。 ヨハネによる福音書6章51~59節
知恵は家を建て、
七本の柱を刻んで立てた。
獣を屠り、酒を調合し、食卓を整え
はしためを町の高い所に遣わして
呼びかけさせた。
「浅はかな者はだれでも立ち寄るがよい。」
意志の弱い者にはこう言った。
「わたしのパンを食べ
わたしが調合した酒を飲むがよい
浅はかさを捨て、命を得るために
分別の道を進むために。」 箴言9章1~6節